パリの一番星 エトワール凱旋門

フランスのパリのシャルル・ド・ゴール広場にある凱旋門は

世界遺産に残念ながら入っていません。

近くにパリのセーヌ河岸という世界遺産群が存在していますが、

距離的に入れなかったそうです…。

しかし、パリの凱旋門はとても有名ですよね!

凱旋門もパリの中では代表的な建築物の一つであり、

たくさんの魅力があります。

一般的に凱旋門と言えばパリの凱旋門を想像しますが、

実は正式名称があります。

正式名称はエトワール凱旋門というのです。

凱旋門は遠くから見るだけではもったいない観光スポットとなっています。

凱旋門の内部には展望台があり、螺旋階段とエレベーターがあります。

登っていくとエッフェル塔を含む

パリの街全体を見渡せる展望台に出ることができます。

エッフェル塔から見る景色も素敵ですが、

肝心なエッフェル塔を遠くから見ることはできませんよね!

凱旋門から見るエッフェル塔はステキですよ!

そして凱旋門の上階にはギフトショップがあり、

凱旋門のグッズを扱っています。

凱旋門と太陽 パリヘンジ

凱旋門に夕日が入り、とても幻想的な光景を見れる瞬間があります。

それは5月と8月の数日のみ見られる光景で、

凱旋門のアーチの真ん中を通りながら

夕日が沈んでいきます。

では、朝日はないのかが疑問ですが、ちゃんとありました!

朝日は11月と2月に同じく、凱旋門の真ん中を通って

太陽が昇っていくようです。

これは「パリヘンジ」と呼ばれており、

多くの観光客が訪れるようです。

歴史

凱旋門は1806年に建てられました。

ナポレオンは「オーステルリッツの戦い」で勝利を収め、

一周年を記念し、戦争の翌年にナポレオンの命令によって建てられました。

しかし、ナポレオンはその後、

失脚してしまい、凱旋門の工事は滞ってしまいます。

凱旋門が完成した時には残念ながらナポレオンは亡くなっており、

1840年の改葬の時にやっと凱旋門を潜る時ができたようです。

1885年にはフランスのロマン主義の小説家で

『レ・ミゼラブル』の著者であるヴィクトル・ユーゴーの国葬の時に

数日間のみ凱旋門の下に遺体安置され、

その後はローマのパンテオンで今も安らかに眠っています。

1919年には第一次世界大戦の同盟国の勝利パレードが開催されました。

凱旋門の前には第一次世界大戦でフランスのために戦った無名戦士が埋葬されています。

お墓上には永遠の火が燃えており、花が飾られており讃えられています。

現在ではシャルル・ド・ゴール広場と呼ばれていますが、

以前は違う名前でした。

以前はシャンゼリゼ通りをはじめとして12本の通りが明るく照らされており、

通りが放射線状に伸びているため、遠くから見ると星のように見えます。

フランス語で恒星のことをエトワールと言い、

以前はエトワール広場と呼ばれていました。

夜になると明るく照らさられた凱旋門と通りを見ることができ、

まさにパリの一番星のようです☆

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パリの宝石箱と呼ばれた サント・シャペル教会 

サント・シャペル教会はフランスのパリのセーヌ河岸として

世界文化遺産に登録されています。

サント・シャペル教会はステンドグラスでできており、

万華鏡のように美しい教会です。

陽が差したステンドグラスは輝き、神々しさがあります。

1113枚のもステンドグラスが使用されています。

その美しさを認められて当時は『パリの宝石箱』と呼ばれました。

天井は高く、ステンドグラスで飾られており、

ゴシック様式で建設されています。

サント・シャペル教会はルイ9世がキリスト聖遺物を収集し、

祈りを捧げるために建てられた教会です。

聖遺物の中にはキリスト受難の時の荊冠がありました。

荊冠とはキリストが十字架を背負ったときに

被ったイバラの冠のことです。

現在、荊冠はノートルダム大聖堂で大切に保管されています。

教会内を美しく飾るステンドグラスはパリの最古のものと言われています。

当時は文字が読めない人々も多かったのですが、聖書の教えが

ステンドグラスで表されており、人々の理解を助けていました。

ステンドグラスには創世記からキリストの復活まで描かれています。

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世界の建築様式をまとめてみました!

世界には建築様式がたくさんあります。

日本にも昔、寝殿造や書院造りなどあるように海外にも建築様式はあります。

建築様式は文化や宗教、国によって異なり種類が

たくさんあるため、覚えにくいですね💦

今回は建築様式をまとめました!

【ロマネスク様式】

10〜12世紀にかけてヨーロッパ各地にみられます。

修道院や教会で多く使用された建築方法である。

ノマネスク様式は石造りの分厚い壁と多数の小さな窓が特徴的です。

スペイン サンティアゴ・デ・コンポステーラ

1世紀頃にキリスト12使徒のひとり、

聖ヤコブ(スペイン語名:サンティアゴ)の

お墓が約800年かけてサンティアゴ・デ・コンポステーラで

発見されました。

聖ヤコブの遺体を安置するために

サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂が

建てられました。

サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂はロマネスク様式で

建築されました。

当時のヨーロッパは異民族や異教徒と戦い続けていたため、

疲れ果てていました。

救いを求めた人達がヨーロッパ各地にロマネスク様式の

教会や大聖堂が建てられることとなりました。

イタリア ピサ大聖堂

【ゴシック様式】

12〜15世紀末期にフランスのパリを中心に、ヨーロッパ各地に影響を与えました。

ゴシック様式は天井の高さとステンドグラスの入った大きな窓が特徴的です。

フランス ノートルダム大聖堂

11〜13世紀頃でヨーロッパの森林が切り開かれ、

農業地を開拓していきました。

食糧の生産増加とともに、人口増加にも繋がりました。

仕事を失った人々は都会へと移り住みますが、

多くの他人と隣り合わせで住むことにストレスがかかっていきます。

こうして大都市の人々を対象に向けて作られたのが、

ゴシック様式の教会、大聖堂です。

ドイツ ケルン大聖堂

【ルネサンス様式】

15〜17世紀初頭にイタリアを中心にヨーロッパ各地に影響を与えました。

ルネサンス様式はシンメトリー(左右対称)とバランス(調和)を

特徴としています。

クーポラ(丸屋根)を取り入れ、シンプルな造りになってます。

フランス ルーヴル美術館

教会や修道院など『神のためのもの』から『民のためのもの』の建築が、

同じではあまりにも恐れ多いという思想が広がりました。

そして民のための建築物として新しい建築様式が考えられたが、

0から考えることは困難であった。

古代ローマの建築様式を使用し、ルネサンス様式が生まれた。

ルネサンスには再生という意味があります。

イタリア ドゥカーレ宮殿

【バロック様式】

16〜18世紀初頭にかけてヨーロッパ各地に広まりました。

彫刻や絵画などが壁に施され、金の装飾が豪華になったのが特徴です。

バチカン市国 サン・ピエトロ大聖堂

宗教改革によって、カトリック教会の弱まった権力を芸術活動で保とうとし、

16世紀末から17世紀初頭にローマで始まりました。

イタリアではすぐにバロック様式は衰退しますが、絶対王政のフランスに

受け継がれ、フランスからかくヨーロッパへ広がりました。

フランス ヴェルサイユ宮殿

キリスト教の伝道とともにスペイン、ポルトガル、フィリピンなどで、

バロック様式の建築が進んだ。

バロックの語源はポルトガル語で『歪んだ真珠』という意味でした。

過剰な装飾に対して嫌悪感があったようですが、徐々に芸術的な建築は

広がっていきました。

イタリア トレヴィの泉

【ロココ様式】

フランスの宮廷を中心にヨーロッパの主に宮廷に広まりました。

後期のバロック様式の名残りです。

曲線を多用し、壁と天井の境目があいまいなのが特徴となってます。

パステルカラーがメインとなり、ゴールドで縁取ることが多いです。

また花柄や天使が描かれることがあります。

ロシア エカテリーナ宮殿

フランスではフランス革命とともにロココ様式の建築は行われなくなり、

徐々にロココ様式は衰退していきました。

ドイツ ヴィースの巡礼教会

どうでしたか? 何となく建築の違いましたね!

最初は教会や大聖堂の建築でしたが、少しずつ大きな権力を見せるため、

宮殿の建築へと変わっていきました。

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パリのシンボル エッフェル塔

エッフェル塔はフランスにあり、パリのセーヌ河岸の世界遺産として登録されています。

エッフェル塔はは建設者 ギュスターヴ・エッフェルに由来しています!

エッフェル塔は18世紀半ばから19世紀にかけて起こった、産業革命で建築されました。

工業の発達と国の富の増大により、各国で高層建築の競争が行われました。

1889年のフランス革命100周年を記念して建てられました。

もちろん、しばらくの間はエッフェル塔が世界一高い構造物でした。

現在はパリのシンボルとされていますが、建設当時は芸術家が猛反対していました。

当時のパリの建築物は石造が多かったのですが、白を基調とし統一感のある美しい街です。

しかし、エッフェル塔には鉄骨がしようされ、当時のパリの景観を損なうものでした。

確かに当時の人々からしたら、新しいデザインを取り入れるので

反発する理由もわかりますね!

現在では白くオシャレなパリの街並みと対照的なスタイリッシュなエッフェル塔でより

パリらしさが出てますね!

そんなエッフェル塔もただの鉄骨ではありません。

建築された当時は赤茶色だったみたいです。

赤色が入っているので、結構目立ったのかもしれませんね。

何度か黄茶色や5色のグラデーションに塗り替えられました。

時代や時期によって、さまざまなエッフェル塔を見ることができたんですね!

現在も塗装が行われているようです。

『エッフェル塔ブラウン』という茶色で塗装が施されています。

このエッフェル塔ブラウンは茶色と金色を混ぜたような色で、

光が当たると上品な金色で輝きます。

完成が楽しみですね✨

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王室の美術品を集めた ルーヴル美術館

フランスのパリのセーヌ河岸は世界文化遺産として登録されています。

世界遺産とされているのはシュリー橋からイエナ橋までの約8kmが対象になってます。

建築物一つ一つに世界遺産が登録されていると思っていたのですが、

多すぎてパリのセーヌ河岸とまとめてあるのですね!

どの建築物も迫力と美しさがありますね✨

ルーヴル美術館もパリのセーヌ河岸として世界遺産に登録されているんです。

世界最大級の美術館となります。

現在は美術館ですが、元々は要塞として建てられました。

当時は要塞であったため、牢獄としての役割があったようです。

その後、ルイ14世はヴェルサイユ宮殿に住み、ルーヴル美術館は王室の美術品を

飾る場所としての役割となりました。

フランス革命後から民衆に公開する美術館となりました。

何度も改築を行い、今の姿になりました。

1981年にガラスのピラミットが完成しました。

ピラミットは比較的最近できたんですね!

現在はコロナウイルスの影響で来場者数が減っているかもしれませんが、

コロナ流行前はなんと3万人〜5万人も来場者数がいたそうですよ!

館内は広いため、スムーズに見学はできます。

絵画の前でゆっくり立ち止まって見続けるというのは難しいかもしれませんね💦

しかし、フランスへ旅行に行った時には必ず行きたい場所ですね✨

ルーヴル美術館は王室の美術品を扱っていたことから、

有名な絵画や古代文明の遺品を数多く取り揃えています。

絵画の質の高さと数、ルーヴル美術館という構造物に魅力がたくさんあり、

今でも多くの人の心を掴んでいます。

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幻想的な修道院 モンサンミッシェルとその湾

モンサンミッシェルはフランスにある世界文化遺産です!

フランスの西海岸、サン・マロ湾に浮かぶ孤島に建つ修道院です🏰

708年司教オーベルが大天使ミカエルからお告げを受けて礼拝堂を建てました。

966年にリシャール1世が修道院を建て、徐々に増築を重ねて現在の姿になりました。

百年戦争の時には要塞の役目をし、現在でもイギリス軍が置いていった大砲と

その弾が残っています。

フランス革命の時に修道院は廃止され、監獄として使用されていた。

モンサンミッシェルの路地にはお土産売り場やレストラン、可愛い看板があります。

教会には百年戦争で活躍したジャンヌダルクやミカエルが祀られています。

修道院の内部はステンドグラスがあり、差し込む光はとても幻想的で神秘的です。

また外から見るモンサンミッシェルも素敵です。

快晴も美しいですが、モンサンミッシェルの背景に雲があるのも

芸術家が描いた絵のように美しく幻想的です✨

モンサンミッシェルはライトアップするので、夕焼けの姿もとても美しいのです。

修道院は外観、内部まで楽しめる場所のようですね💕

ぜひ、行ってみたいですね!

最後にモンサンミッシェルは塔の上のラプンツェルのモデルにもなっているみたいです🌷

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圧倒的な華やかさを誇る ヴェルサイユ宮殿と庭園

ヴェルサイユ宮殿はフランス王 ルイ14世によって建てられました✨

当時のヴェルサイユ宮殿は貴族たちが国政を議論したり、社交場として使われていました。

そのため、フランス絶対王政の象徴的建造物と言われています。

フランスではヴェルサイユ宮殿ではなく、ヴェルサイユ城と呼ばれています。

ベルサイユ宮殿は壮大な宮殿を豪華な室内装飾で飾り、

あちらこちらに金の装飾がされています!

また、自然を取り入れた庭園も作っており、

宮殿と庭園のの調和が美しいです✨

壮麗なヴェルサイユ宮殿がその後のヨーロッパの建築に多大な影響を与えたため、

世界文化遺産に登録されています。

宮殿建設には25,000人に対し、噴水庭園には36,000人が投入されており、

宮殿だけでなく、庭園に力を入れていることがわかります!

これだけ庭園を立派に作ったのには理由があるんです。

噴水にはルイ14世の3つの意図が込められているようです!

【水なき地に水を引く】

庭園を築いた土地には、近くに水は流れていないのです。

セーヌ川から水を引いて、自然をも従わせる力を自身が持っていることを証明しました。

【貴族を従わせる】

『太陽神アポロンの噴水』と『ラトナの噴水』において、

アポロン像はルイ14世自身を表しています。

アポロンが天に向かい駆け上がろうとしてる様子を表しており、

ありとあらゆるものをルイ14せに従わせるという思いがあったようです。

『ラトナ噴水』のアポロン像の足元にあるのは、神の怒りに触れて

蛙やトカゲに姿を帰られた村民たちを表しています。

王に反抗する者は許さないという宣言を表しています。

またヴェルサイユ宮殿に多くの貴族を強制移住させました。

【民衆の心をつかむ】

ルイ14世は民衆にヴェルサイユ宮殿に入ることを許しました。

民衆に庭園を見させることで、王の偉大さを示していきました。

現在でもヴェルサイユ宮殿と庭園は観光することが可能であり、

当時の王の権力を見ることができます。

最後の余談ですが王室礼拝室の天井には天使の絵が描かれていますよね?

あれは王は神により選ばれるという考えが描かれているそうですよ♪

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